ブックレビュー③

こういうのをやると、僕が何に興味あるのかが丸わかりですな。


『安心のファシズム‐支配されたがる人びと‐』斎藤貴男著 岩波新書 2004



このような類のものばかり最近は読んでいます。


この本では「コンフリクト・フリー」という言葉を根本に置いた問題提起がされています。


コンフリクト・フリーとは読んで字のごとく、


抵抗がないことです。


歴史上、今から考えるとありえないようなことが


当時は当然の流れのように起きている。


それは、人々が世の中の重大な変化を抵抗なく受け入れていたからだという指摘です。


たしかに、変化があったとしても、それがゆっくりだといつの間にか環境が変わってしまう。


たとえ、危険な方向に進んでいたとしても。


本書ではそれを身近な例を示して説明します。


自動改札機や携帯電話、監視カメラです。


自動改札機は今となっては当たり前ですが、


導入当初は人々に抵抗があったそうです。


例えば妊婦さんの、自動改札機に対する恐怖が投書にあったり、


大荷物の場合使いづらいといった懸念、


障害のある人に対するケアへの懸念、


また人員削減に反応した労組の反対など、


いろんな抵抗がありました。


しかし、今となってはそれらを気にする人はいません。


これが悪いことだという意味ではなく、


いつの間にかコンフリクトがなくなっているのに、


人々はそれに対して何も感じなくなったという過程が問題なんだそうです。


「合理的だし、便利だからいいだろう」と反対されるでしょうが、


みなさん、SUICAとかPASMOに残る私たちの乗車記録や買い物記録、


携帯の使用履歴や位置情報、監視カメラに録画された映像の行方について何も知らないのに、


便利だからいいじゃんの一言で片付けるのはおかしくありませんか。


便利になることの代償を結構払っているのに、


そのことに気がつかず、危険性を結果として無視して


新しいことを無批判に受け入れているこの状況は、


少しおかしいのではないか、つまりコンフリクト・フリーの状態に陥っていないか


という著者の考えが、


本書の根底に流れています。


この本を読むと新たな気づきや恐怖を感じると同時に、


どんどん技術が進歩して、その危険性に気がつかないまま


それを享受することへの抵抗感が生まれます。


利便性だけを追い求めるなという月並みな表現にはなりますが、


新たな可能性ばかりをみて、一方で負の可能性について一切言及しな人が


周りにもいるのであえて言います。危ないですよ。


この本では、知らず知らずのうちに権力によって支配されていく過程を様々な


例を出して説明します。今挙げたものもほんの一部です。


是非読んでみてください。


ただ、結構主張が激しいので、


それに流されないように。


この本で言っていることが絶対的に正しいということではないので。