気になる日本語

雑誌などでもよく取り上げられる「変な日本語」。


“変”という言葉づかいをしている時点で、


若者が使う新語や俗語に対しては否定的なようです。


まぁ、記事を書いている人の年齢を推測すれば、


それも当たり前かもしれない。


僕も、人の言葉遣いを気にするほうなので、


どちらかというと古いタイプの人間です。


それでは、珍しい(これなら、否定的なニュアンスはないのでは)日本語について考えていきます。


「全然、大丈夫」


一見、どこに間違いがあるかわかりにくいのですが、


どうやら語法としては、「全然〜ない」という形でしか、「全然」は使えないそうです。


これは多くの人が使っていて、


そのたびに「それは間違った方法みたいだよ」と


心の中でつぶやいています。(ん、前回に引き続き、僕の性格が悪い流れに)


でも、僕もとっさに「全然、大丈夫です」とか言っているはず。


それくらい、一般的に使われる言葉になっています。


次に、ら抜き言葉


代表格は、「たべれない」。


正しい使い方は「たべられない」だそうです。


これも、皆さん気がつかないうちに連発しています。(たぶん僕も)


と、ここまで二つの例を出しましたが、


雑誌で「変な日本語」と表現するライターや、


「言葉が乱れてる」なんて言っている教授さまは


自身のロジックの矛盾に気がついているのでしょうか。


もしも彼らの論理をそのまま使えば、


「現時点からみた平安時代の日本語は間違えている」といえます。


もちろん「平安時代の人にとって今の日本語は間違えている」ということもできます。


でも、これはおかしいですよね。


要は、彼らの考え方の最大の欠陥は、


時間が経つと、言葉に限らずすべてのものは変化するということを無視している点です。


よって、変だ!と言うことは間違いだと僕は思います。


常に変化するものに対して、これは正しいとか間違えていると断言することは


出来ないのではないでしょうか。


う〜ん、最近レポートばかり書いていたから、


理屈っぽくなってしまった。


次は、もっとくだけた記事を書きたいなぁ。



ん?どこだここ?っと思ったら新橋でした。


場所的には汐留と東京タワーの間くらいだった気がする。